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新潟地方裁判所 昭和30年(ワ)55号 判決

原告 本間正巳 外二名

被告 内海府漁業協同組合

主文

原告等の請求は、却下する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告組合が、(1) 昭和二十八年十一月五日その肩書事務所に招集した臨時総会における(イ)本間三次郎、後藤幸太郎、道下権二、斎藤万徳、浅井聰一、中島弥三次、木村清、渡辺梅次郎(昭和三十年一月十八日死亡)をそれぞれ被告組合の理事に、岩下吾三郎、宮本角太郎、本間勘吉をそれぞれ同組合の監事に選出した選挙、(ロ)定款第二十八条中理事「八人」とあるを「十一人」に変更する旨の決議、(2) 昭和二十九年一月十日同所に招集した臨時総会における北邦太郎、中村作市、木村万平をそれぞれ被告組合の理事に選出した選挙が、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

原告等は、水産業協同組合法に基いて設立された被告組合の組合員であるが、被告組合は、昭和二十八年十一月五日その肩書事務所に招集した臨時総会において、請求の趣旨第一項に記載した(1) の役員選挙及び定款変更決議をなし、また、昭和二十九年一月十日同所に招集した臨時総会において、右第一項(2) の役員選挙をなし、その定款変更については、昭和二十八年十二月十日頃知事の認可を、各役員選挙については、それぞれその頃役員変更の登記を経て、現に請求の趣旨第一項掲記の本間三次郎、後藤幸太郎、道下権二、斎藤万徳、浅井聰一、中島弥三次、木村清、北邦太郎、中村作市、木村万平はいずれも被告組合の理事として、岩下吾三郎、宮本角太郎、本間勘吉は、いずれも同組合の監事として、組合業務を執行している。しかしながら、右定款変更決議及び役員選挙は、次に述べる理由によつて無効である。すなわち、

(一)  昭和二十八年十一月五日の臨時総会は、当時の理事山口藤太郎の招集にかかるものであるが、同人は当日総会開催に先だつて辞任したのであるから、同日の総会は、適法な管理者を欠き当然流会すべきものでありたとえ定足数をみたす組合員がこれに出席していたとしても、単なる組合員の集合にとどまり、総会としては成立しえないものである。従つて、同日の総会においてなされた前記(1) の役員選挙及び定款変更決議は、いずれも無効である。仮りに同日の総会が有効に成立したとしても、その席上なされた右の役員選挙は、水産業協同組合法第三十四条に定める無記名投票の方法によらなかつたものであるから、当然無効である

(二)  昭和二十九年一月十日の臨時総会は、組合長と称する本間三次郎が招集したものであるが、同人は(一)において述べたとおり昭和二十八年十一月五日の無効な選挙によつて選出されたものであるから、同日の臨時総会は、招集権限のないものによる招集にかかり、総会としては成立しえないものである。仮りに有効に成立したとしても、その席上なされた前記(2) の選挙は、(一)において述べた無効な定款変更決議によつて変更された定款の規定に基いてなされたものであり、しかも、(1) の選挙と同様、同法所定の投票方法によらなかつたものである。従つて、同日の臨時総会における(2) の選挙は、いずれの点からしても当然無効である

と述べ、被告の主張に対し、

前記山口藤太郎が昭和二十八年十一月五日の臨時総会の開催に先だち、本間三次郎に総会管理の権限を委任したことは否認する。被告は、選挙にあたり選挙者の真意を表明するについて弊害のないことが一見明白である場合には、必ずしも所定の選挙方法によることを要しないと主張するが、選挙はそれぞれ意見を異にすることあるべき団体構成員が団体の意思を決定するために行われるものであるから、法律が選挙の方法を規定している場合には、真意の表明に対する弊害の有無を問わず、必ずその方法によることを必要とするものである。水産業協同組合法第三十四条が、役員は総会における無記名投票の方法で選挙すると規定し、特に、地方自治法第百十八条第二項や衆議院規則第二十三条第五項のように、選挙者中に異議のない場合には投票以外に指名推選の方法により得ることを明示していない以上、無記名投票以外の方法は許されないものと解すべきである。また、昭和二十八年十一月五日の臨時総会及び昭和二十九年一月十日の臨時総会において、詮衡委員会の詮衡した役員候補者をもつて当選人とすることについて組合員全員の同意があつた旨の被告の主張は、事実に反する。なお 水産業協同組合法第百二十五条の規定によつて決議または選挙に関する出訴が妨げられるのは、同条に明定する総会の招集手続、議決の方法または選挙が法令ないし定款に違反した場合であつて、しかも、そのかしの程度が取り消しうべき場合に限られるのであり、本件のように招集権者の招集がなく、また、同法所定の選挙が全然行われていないために、決議または選挙が法律上当然無効である場合には適用されえないものである。従つてその適用のあることを前提とする被告の本案前の抗弁は、失当である

と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする」との判決を求め、まず、本案前の抗弁として、

水産業協同組合法第百二十五条は、総会の招集手続、議決の方法または選挙が法令若しくは定款に違反する場合には、決議または選挙の日より一箇月以内に、総組合員の十分の一以上の同意をえて、その取消しを行政庁に申請することができる旨を規定しているが、同条は、漁業協同組合における総会の決議または選挙が法令若しくは定款に違反したとき、そのかしの程度が単に取り消しうるにとどまる場合はもとより、無効である場合においても、これに関する争いは、すべて行政庁にその取消しを申請しうるにとどまり、裁判所に救済を求めることは許されない趣旨である。何となれば、水産業協同組合法が漁業協同組合の総会における決議または選挙に関して、中小企業等協同組合法第五十四条のように商法の株主総会の決議取消し、無効に関する規定を準用することなく、農業協同組合法第九十六条と同様に、特に、右のような行政庁による救済の制度を設けているのは、漁業協同組合や農業協同組合は漁業または農業のような国家の基本産業に関する組合であるから、その運営は強度の行政監督に服させる必要があること、また、これら組合は一定区域の漁民または農民によつて構成されているために、地域的且つ集団的に運営されることを必要とすることに基くものであるから、水産業協同組合法の適用について、無効と取消しとを区別して取り扱うことは、右の立法精神に反することになるからである。従つて、決議または選挙の無効を理由としてその確認を求める原告等の本訴請求は、不適法として却下さるべきである

と述べ、本案につき、答弁として、

原告等の主張事実中、被告組合が水産業協同組合法に基いて設立された漁業協同組合であつて、原告等がその組合員であること、昭和二十八年十一月五日の臨時総会は、山口藤太郎が招集したものであること、同日の総会において原告等の請求の趣旨(1) のような役員選挙及び定款変更決議がなされたこと、右役員選挙にあたり同法所定の投票を行わなかつたこと、昭和二十九年一月十日の臨時総会は、本間三次郎が招集したものであること、同日の総会において同じく法所定の投票の方法によらないで原告等の請求の原因(2) のような役員選挙をしたことは、いずれもこれを認めるが、その他の主張事実はすべて否認する。すなわち、昭和二十八年十一月五日の臨時総会は、本間三次郎が招集権者である山口藤太郎より同日の総会を管理する権限の委任を受け、山本勘次が議長となつて行われたものであつて、その間に何等不適法な点はなく、仮りに山口藤太郎の委任がなかつたとしても、出席組合員の一人が司会して議長を選任し、議事の管理にあたつた以上、同日の総会は有効に成立したものである。また、水産業協同組合法第三十四条が役員の選挙を無記名投票の方法によらしめているのは、選挙者の真意の表明を保障せんとすることにあるのであるから、右規定の趣旨に反するような弊害のないことが一見明白である場合には、無記名投票以外の方法をもつて選挙を行うことも許されるものというべきである。ところで、前記昭和二十八年十一月五日の臨時総会及び昭和二十九年一月十日の臨時総会における各役員選挙は、もともと、被告組合が昭和二十八年十月頃より昭和二十七年度の決算の承認をめぐつて二派に分かれ、抗争を続けるようになつたので、佐渡海区漁業調整委員西部善兵衛、伊藤久雄の両名が調停の労をとり、種々あつせんに努めた結果、両派より役員を選出して事態を収拾する旨の協定が成立し、同協定に基き、各派五名ずつの委員よりなる詮衡委員会を設け、同委員会において予め詮衡した役員候補者を総会に諮り、組合員全員の同意をえて、右候補者を当選人と決定したものであつて、もとより弊害のあるべきはずはないから、ただ選挙が投票の方法によらなかつたということだけによつて、右各選挙を無効とすることは失当である。以上のとおり、昭和二十八年十一月五日の臨時総会の成立はもとより、同総会における前記(1) の役員選挙及び定款変更決議は適法になされたものであり、従つて、その選挙及び決議の有効なことを前提としてなされた前記(2) の選挙もまた有効であるから、原告等の本訴請求は、理由がない

と述べた。〈立証省略〉

理由

原告等の本訴請求の要旨は、被告組合は水産業協同組合法による漁業協同組合であつて、原告等はその組合員であるが、被告組合の昭和二十八年十一月五日の臨時総会における役員選挙及び定款変更決議並びに昭和二十九年一月十日の臨時総会における増員による役員選挙は、いずれも同法の規定に違反して当然無効のものであるから、これら決議及び選挙の無効確認を求めるというにあることは、その主張自体に照らして明らかである。

そこで、右請求が裁判所の管轄に属するかどうかについて判断する。

漁業協同組合は、一定地区の漁民がその経済的社会的地位の向上と漁業生産力の増進を図ることを主たる目的として自主的に組織する団体であるから、その決議や選挙の効力に関する組合員との紛争は、他に特別の規定がない限り、法律上の争訟として裁判所の権限に属するものというべきである。ところで、水産業協同組合法第百二十五条は、総会の招集手続、議決の方法または選挙が法令若しくは定款に違反する場合には、決議または選挙の日より一箇月以内に、総組合員の十分の一以上の同意をえて、その取消しを行政庁に申請することができる旨を規定しているが、この規定の設けられるにいたつた理由は、蓋し、(一)決議や選挙の効力はなるべく速かに確定することが、漁業協同組合の事業の遂行を迅速ならしめ、また、取引の安全を期するうえに望ましいこと、(二)決議や選挙が無効であるかどうかの判定は、時に法律技術的な問題であつて、常識をもつてしてはその判定が困難であるところより、この判定は国家機関をして行わしめ、組合員は国家機関の判定をまつてはじめてその効力を争いうるとすることが、法的安定を期する途であること、(三)漁業協同組合の運営如何は、直ちに組合員の経済生活と漁業生産力の増進に極めて重大な影響を及ぼすものである(漁業法第八条参照)から、組合の決議または選挙に関する紛争に対しては、直接裁判所をして私法上の救済方法を講ぜしめるよりも、むしろ、日常監督の衝にあつて当該組合の内外情勢に精通する行政庁(水産業協同組合法第一二二条ないし第一二四条参照)をして時宜適切な措置をとらせることが、健全な組合の発展を期する所以であること、という政策的考慮に出たものとみることができる。してみれば、右の規定をもつて、単に組合の決議や選挙に対する行政監督の方法を規定したにすぎないものであつて、この規定があるからといつて各組合員より自由に民事訴訟を提起することを妨げるものではないと解し、或は、原告等の主張するように、この規定によつて出訴が妨げられるのは、同条に明定する総会の招集手続議決の方法または選挙が法令ないし定款に違反した場合であつて、しかも、そのかしの程度が取り消しうべきものに限られると解することは、右の立法趣旨を半ば減殺することになるのは明らかであろう。しかしながら、反面、被告の主張するように、この規定をもつて漁業協同組合の決議または選挙に対する裁判上の救済を全面的に排斥すると解することもまた、国民に裁判を受ける権利を保障し、行政機関が終審として裁判を行うことを禁止した新憲法のもとにおいては、組合員の利益の保護が薄きに失する嫌いなしとしない。そこで、前記のような立法趣旨に違法な組合の決議または選挙によつて組合員の蒙る利益侵害の性質及び程度をも考慮するとき、右の規定は、漁業協同組合の選挙または総会の招集手続、議決の方法のみならず、その内容が法令ないし定款に違反し、そのかしの程度が比較的軽微である場合はもとより、そのかしの程度が重大であつて法律上当然無効ないし不存在と目される場合であつても、外形上存在している決議または選挙の結果によつて、組合員の実質的利益が、著しい損害を蒙る虞のある場合は格別、然らざる限り、組合員は同法所定の要件に従つて行政庁にその救済を求め、その救済に不服がある場合、裁判所に対し、救済の適否に関する行政訴訟を提起しうるにとどまり、直接裁判所に民事訴訟を提起してその救済を求めることは、許されないものと解するのを相当とする。もとより、かくては組合員は、法定数の同意が得られないとか、期間を徒過したとかいう事情によつて、行政庁への救済申立ができなくなり、ひいては、終局的に裁判上決議または選挙の効力を争う機会を失うにいたることもあるであろうが、漁業協同組合のような非営利社団における決議または選挙に関する構成員の利益は、単なる個人間の取引上の利益等とはその趣を異にし、本来社団の維持運営と他の構成員の利益との相対関係において保護さるべき性質のものであるから、右のような結果をもつて、直ちに裁判を受ける国民の権利を不当に制限するものということはできない。

いま、本件についてこれをみるのに、原告等は、昭和二十八年十一月五日の臨時総会における役員選挙及び定款変更決議の無効原因として、同日の総会の招集権者である山口藤太郎は総会開催に先だつて辞任したのであるから、右総会は適法な管理者を欠き当然流会すべきものであつた、と主張しているが、仮りに辞任の事実があるとしても、すでに適法になされた総会の招集が右の事実によつて無効に帰するいわれはなく、しかも、証人中村長太、山本勘次の各証言及び被告組合代表者本間三次郎の尋問の結果を総合すると、被告主張のように、当日本間三次郎が右山口藤太郎より同日の総会を管理する権限の委任を受けたかどうかの点は別として、少くとも、定足数の組合員が出席し、出席組合員の一人である本間三次郎が司会して議長に山本勘次を選任し、議事の管理にあたつたことを認めるのに十分であつて、右認定を覆えすに足る証拠はなく、また、原告等は、昭和二十八年十一月五日の臨時総会並びに昭和二十九年一月十日の臨時総会における各役員選挙の無効原因として、右各選挙は水産業協同組合法第三十四条に定める無記名投票の方法によらなかつたと主張し、右の事実は被告においても争わないところであるが、証人竹谷佐太郎、中村長太、山本勘次、後藤幸太郎、西野善兵衛の各証言並びに被告組合代表者本間三次郎の尋問の結果を綜合すると、右各役員選挙は、もともと被告組合が昭和二十八年十月頃より昭和二十七年度の決算の承認をめぐつて二派に分かれ、抗争を続けるようになつたので、佐渡海区漁業調整委員西野善兵衛、伊藤久雄の両名が調停の労をとり、種々あつせんの結果、両派より役員を選出して事態を収拾する旨の協定が成立し、同協定に基き、各派五名ずつの委員よりなる詮衡委員会を設け、同委員会において予め詮衡した役員候補者を総会に諮り、当初は組合員中にこれに対して異議を唱えるものもあつたが、結局全員の同意をえて、右候補者を当選人と決定したことを認めることができ、証人渋谷吉三郎、本間立蔵、斎藤又市の各証言及び原告本人北沢仁作の尋問の結果によつても、未だ右認定を覆えすことはできず、他にこれに反する証拠はない。従つて、仮りに原告等の主張する総会招集権者の辞任が、同総会における役員選挙及び定款変更決議の効力に何等かの影響を与えるとしても、また、同法所定の投票によらない役員選挙が無効であるとしても、かかる決議または選挙の結果によつて、原告等組合員の実質的利益が、著しい侵害を蒙る虞があるものとは認め難い。しからば、原告等は、右につき同法所定の方法による行政救済を求めるは格別、直接訴により右決議または選挙の無効確認を求めることは、許されないものといわなければならない。

よつて、原告等の本訴請求は、結局裁判所の管轄に属しない事項を訴訟の対象として訴求することに帰しするものであるから、その他の点について判断をなすまでもなく、失当として却下すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 渡部吉隆 橋本攻)

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